Open AIのo1モデルと計算複雑性理論と軽量化の方法(9月の活動報告-2)
2024/10/16 AI LLM Tropical代数 活動報告 計算複雑性理論
はじめに
2024年9月13日、OpenAIは新しいLLM(大規模言語モデル)「o1」を発表しました。この新モデルは、従来のGPT-4モデルに比べ、数学や科学、コーディングなどの高度な論理的問題の解決に特化しています。特に、国際数学オリンピックやプログラミング競技プラットフォーム「Codeforces」で高い成績を残していることが注目されています。
o1モデルは、従来のLLMに比べて、特に計算複雑性理論を意識した設計がされており、問題解決能力が大幅に向上しています。これは単なる計算能力の向上だけでなく、計算資源の使用効率の改善にもつながるものです。本記事では、この計算複雑性理論の基礎から、LLMの膨大な計算量の問題、さらにはその軽減技術である1.58bit LLMについて掘り下げていきます。
o1モデルの特徴とバリエーション
o1-preview
o1-previewは、OpenAIが提供する先行プレビューモデルであり、特に数学や科学、コーディングといった技術的な問題に強力な性能を発揮します。このモデルは、**Chain of Thought(CoT)**プロンプトと呼ばれる手法に対応しており、問題をステップバイステップで解く際に、論理的な思考を強化します。これにより、複雑な問題を解決する際の精度が大幅に向上しました。たとえば、国際数学オリンピックの問題やCodeforcesの競技問題に対する高度な推論能力が報告されています。
- 国際数学オリンピックでの成績は上位89%を記録し、CodeforcesではEloレーティング1673を達成しています。
o1-mini
o1-miniは、小型でコスト効率が高いモデルです。o1-previewに比べて約80%のコストで運用可能ながらも、特にSTEM分野において依然として非常に高いパフォーマンスを示しています。このモデルはリソースの制約がある環境でも、計算効率と性能のバランスを取ることに成功しています。
現在の制限
o1シリーズにはいくつかの制限もあります。現時点では、Webブラウジング機能やファイルのアップロード、画像生成機能はサポートされておらず、特に開発者向けに週当たりのメッセージ数にも制限が設けられています(o1-previewは週30メッセージ、o1-miniは週50メッセージ)。これらの制限は、今後のアップデートで解消される見込みです。
補足:o1モデルの成績など
利用料金
Codeforce
MMLU
GPQA
計算複雑性理論の基礎
計算複雑性理論とは?
計算複雑性理論は、コンピュータが問題を解く際に必要な時間(DTIME)やメモリ(DSPACE)を基に、その問題がどれだけ難しいかを評価する理論です。この理論により、ある問題が効率的に解けるかどうか、あるいは解くのが非常に困難かどうかが分類されます。
たとえば、数学的な問題に対して、アルゴリズムを使ってその問題を効率よく解決できるかを分析します。この過程で重要となるのが、どれだけの時間やメモリを要するかという点です。特に、複雑なアルゴリズムがどれだけ計算リソースを必要とするかを見極めることが、計算複雑性理論の核心となります。
複雑性クラスの分類
計算複雑性理論では、問題を解くためのリソースの量に応じて問題を分類します。代表的なクラスには次のものがあります。
Pクラス
Pクラスは、問題を解くのに必要な時間が多項式時間で表される問題の集合です。例えば、リスト内の最小値を探すアルゴリズムは、多項式時間で解けるため、Pクラスに属します。これは、効率よく解決できる問題の例として、計算資源が少なく済むことから現実的に解ける問題に該当します。
NPクラス
NPクラスは、解を多項式時間で検証できる問題の集合です。これには、例えば巡回セールスマン問題(TSP)やナップサック問題など、解の発見自体は難しいものの、解が与えられた場合、その正しさを検証するのは容易である問題が含まれます。
計算不可能な問題
計算理論の中で、計算不可能な問題も存在します。例えば、「停止問題」と呼ばれる問題は、任意のプログラムが停止するかどうかを事前に判断することができないというもので、どれだけ計算資源を投入しても解けない問題の一例です。
計算複雑性理論の具体例
計算複雑性理論を理解するために、いくつかの具体的な問題を見てみましょう。これらの問題は、理論上はシンプルな定義を持っているものの、解くのに非常に時間やメモリを必要とすることで知られています。
アッカーマン関数
アッカーマン関数は、計算複雑性理論の中でも特に有名な例で、非常に単純なルールに基づいて非常に大きな値を生成する再帰関数です。この関数は、従来の再帰的な関数と比較して、計算量が爆発的に増加するため、通常のアルゴリズムでは解決が困難です。
具体的には、アッカーマン関数は次のように定義されます:
- A(0, n) = n + 1
- A(m, 0) = A(m-1, 1)(m > 0の場合)
- A(m, n) = A(m-1, A(m, n-1))(m > 0, n > 0の場合)
例えば、A(4, 2)の値は、計算を重ねることで何億、何兆という非常に大きな数値に達します。この計算量の爆発的な増加は、計算複雑性理論における「非常に難しい問題」を象徴する一例です。
Busy Beaver問題
Busy Beaver問題は、n個の状態を持つチューリングマシンが停止するまでに実行できる最大のステップ数を求める問題です。この問題は、ステップ数が非常に大きくなるため、nが増えるにつれて計算不可能なレベルに達します。
例えば、BB(1) = 1、BB(2) = 6、BB(3) = 21ですが、nが5以上になると、その計算量は指数的に増大し、BB(5)では4700万を超えるステップが必要とされています。このように、Busy Beaver問題はコンピュータサイエンスにおける最も難しい計算問題の一つとされています。
LLMと計算量の課題
LLMの計算量とその課題
**LLM(大規模言語モデル)**は、数十億から数千億に及ぶパラメータを持つため、学習や推論における計算リソースが膨大になります。モデルが巨大であればあるほど、計算にかかるリソースも増大し、特にエネルギー消費が問題視されています。
例えば、GPT-3には1750億個のパラメータがあり、そのトレーニングには数週間から数ヶ月の時間と、数百の高性能GPUが必要です。このトレーニング過程で
の計算コストやエネルギー消費は非常に大きく、環境負荷を引き起こすことも指摘されています。
- 計算リソース: LLMの大規模化に伴い、計算リソースの消費が増大し、時間も数ヶ月に及ぶことが一般的です。
- エネルギー消費: 特にトレーニング時には、大量の電力を消費し、二酸化炭素の排出量が数百トンに達することも報告されています。
軽量化技術:1.58bit LLMの登場
LLMの計算量を削減するための取り組みとして、1.58bit LLMが登場しました。これは、モデルのパラメータ(重み行列)を3値(-1, 0, 1)で表現する技術で、計算リソースを大幅に削減しながらも高い性能を維持することが可能です。
1.58bit LLMの仕組み
通常のLLMは、パラメータを浮動小数点数で表現しますが、1.58bit LLMではこれを整数で表現するため、計算効率が向上します。この技術は、従来のフル精度モデルに比べ、メモリ使用量を3.32倍削減し、速度は2.4倍に改善されると報告されています。
背景にあるTropical数学
Tropical数学は、1.58bit LLMの計算効率向上に寄与しています。Tropical数学では、通常の加法や乗法が「最小値」や「加算」に置き換えられ、これにより演算がシンプルになります。Tropical代数は、組み合わせ論や最適化理論で利用されており、特に動的計画法や最短経路問題の解法に有効です。
Tropical数学の手法を取り入れることで、LLMにおける計算効率が大幅に向上し、特にReLU関数との親和性が高いことが指摘されています。これにより、ニューラルネットワークの学習過程が効率化され、全体的な性能向上が実現されています。
結論:複雑さと軽量化のバランス
LLMの発展に伴い、計算資源の消費やエネルギー消費が課題となっていますが、1.58bit LLMやTropical数学といった技術が、これらの問題の解決に向けた新たな道筋を示しています。今後のLLM開発においては、複雑性と軽量化のバランスが鍵となり、より効率的で持続可能なAIモデルの実現が期待されます。